長登隆宗 追悼
長登隆宗君の生前の軌跡を辿る場所もメディアも無いため
Youtubeにチャンネルをたてることにしました。
長登隆宗 Tunes
基本的にすべてが無許可( ノД`)シクシク…
お心当たりがあっても・・・故人に免じて許して下さいm(__)m

とてもじゃないけどすべては網羅できません。
最初は500曲と言ってたんですが
近年は1000曲に届きそうだと・・・
それもそのハズ。世界を股にかけて仕事をしていたようです。
けして自慢するタイプじゃないので
調べていくうちに、こっちが驚く有様。
特に東北・宮城・仙台の人達にとっては
耳馴染みのある曲が、なんと彼の作品だったという・・・
実は俺たちが現役だった頃、すぐそばにいたという
後で聞いたら笑い話のような不思議な縁。
マニピュレーター見習いだった頃はノブちゃんと。
LOOKのレコーディングでは江口君と一緒だったという
なんとももはや東京→仙台をまたにかけた付き合い。
当然ビクターの青山スタジオにも出入りしていて
知る人ぞ知るホープ軒の写真をブログにアップするほどでした。


FIFA World Cup 2006のOpenningもEndingも長登君の作品。
ヤンキース時代の松井選手のCMも長登君。
ACジャパンは作品多数。
ジャニーズとも付き合いがあったようです。
ぜひアクセスして「チャンネル登録」をお願いします。
少しでいいので聴いてあげて下さい。
音楽とサッカーと酒と野球が大好きだった長登君。
作品にもおおいに反映されていて楽しいです。
よろしくお願いいたします。
ときた
Youtubeにチャンネルをたてることにしました。
長登隆宗 Tunes
基本的にすべてが無許可( ノД`)シクシク…
お心当たりがあっても・・・故人に免じて許して下さいm(__)m

とてもじゃないけどすべては網羅できません。
最初は500曲と言ってたんですが
近年は1000曲に届きそうだと・・・
それもそのハズ。世界を股にかけて仕事をしていたようです。
けして自慢するタイプじゃないので
調べていくうちに、こっちが驚く有様。
特に東北・宮城・仙台の人達にとっては
耳馴染みのある曲が、なんと彼の作品だったという・・・
実は俺たちが現役だった頃、すぐそばにいたという
後で聞いたら笑い話のような不思議な縁。
マニピュレーター見習いだった頃はノブちゃんと。
LOOKのレコーディングでは江口君と一緒だったという
なんとももはや東京→仙台をまたにかけた付き合い。
当然ビクターの青山スタジオにも出入りしていて
知る人ぞ知るホープ軒の写真をブログにアップするほどでした。


FIFA World Cup 2006のOpenningもEndingも長登君の作品。
ヤンキース時代の松井選手のCMも長登君。
ACジャパンは作品多数。
ジャニーズとも付き合いがあったようです。
ぜひアクセスして「チャンネル登録」をお願いします。
少しでいいので聴いてあげて下さい。
音楽とサッカーと酒と野球が大好きだった長登君。
作品にもおおいに反映されていて楽しいです。
よろしくお願いいたします。
ときた
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総観客数10人(@祝日最終上映)(^^)/
遅ればせながら・・・
「Rocket Man」を観てきました。
う~~~~~ん
エルトン・ジョンのファン以外の人が観ても・・・(笑)
もう上映も終了なので、ハデにネタバレを。
この映画は壮大なエルトン・ジョンのカミング・アウトです。
家族・肉親との確執。
マネージャー・スタッフとの確執。
そしてバニー・トーピンの名誉回復。
エルトンがゲイであることは昔から有名で
いろいろな人との関係が噂されていました。
一時期、バニーと離れたのも事実。
でもそこにあった真実はうまく伝わらず
噂話が先行するという状態。
そのいろいろなことが一体どういう状態だったのか?
それをスッキリさせておきたかったのでしょう。
ゲイであることは大々的に描かれています。
でもけしてバニーとはそういう関係ではなかったこと。
レコード会社のエルトンにたいする仕打ち。
ゲイであることを決定づけたマネージャーの存在。
売れたことと引き換えに失ったモノ。
それを本人の口から聞くような映画です。
すごいのは主演のタロン・エジャトン。
全編吹き替え無し!!
全曲「エルトン・ジョン」として歌っています。
前回スター誕生でサントラを先に聴いて失敗したので
今回はサントラもトレーラーも封印(笑)
純粋に映画を先にしました。
サントラも全曲タロンの歌唱です。
エルトンの声は一切使用されていません。
それは映画本編でも同じ。
でもモノマネではなく、イヤミ無く似てます。
役としても歌唱も一級品。
子役のコが実はエルトンの幼少期そっくりで
歌唱力もスゴイです。
そしてデビューしてどんどん売れていくんですが
色々なトラブルが続出。
それはこの手の伝記にはよくあるロックスターの悲劇。
それを曲をまじえながら描くんですが・・・
まず衣装がスゴイ!!
衣装を見るだけで、いつの時代なのかが良くわかります。
トレードマークのハデなメガネと衣装。
それを見ると時代と曲がわかります。
ただ・・・それはファンにしか通用しませんが(笑)
もっとスゴイのは・・・
この映画はエルトンがプロデュースしてます。
当然あのハデなメガネや衣装はホンモノと思いきや・・・
実はイメージはそっくりだけど
タロンのために全部新品で作ってあります。
それは映画本編の最後にネタバレで出てきます。
本人の画像とタロンの画像を並べて。
同じに見えますが、ちゃんとアップデートされてます。
でも・・・ソックリ!!(爆)
笑っちゃうぐらい良くできています。
一切エルトンの声は使用されていません。
でもこの映画は・・・
間違いなくエルトン自身によるカバー。
タロンという類まれなる才能を使って
全曲アップデートされています。
よくヘタにヒット曲を持ってしまった人が
その曲以上に売れるモノを作ることができず
「新録」の名を借りて録り直したりします。
でもそれらはけっしてオリジナルを越えられません。
歌や演奏が稚拙だったとしても
オリジナルのインパクトがやはり最強。
それを踏まえて曲をアップデートするのに
今回の映画はとても良い機会だったんですね。
今のエルトンならばきっと・・・という
ライブとはまた違う作品になっています。
そして場面場面に合わせて曲が使用されます。
そのシチュエーション毎に曲が流れ
あの抽象的で難解だった詩に、ひとつひとつガテンがいく。
「そういう意味だったんだぁ~」という
エルトン自身による解説付き(笑)
実は抽象的でも難解でもなく
その時のエルトンの気持ちそのままだったという事実。
エルトン自身がインタビューで語っていましたが
バニーの詞は必ずしも詞のみではなく
そのシチュエーションも含めて記されているモノ。
映画でも紙一杯に書かれた詞が映し出されます。
それを見ると自然にイメージがあふれ出し
言葉を組み立ててメロディが自然に沸き上がってくる・・・
結局「エルトン・ジョン」の最大の理解者は
最初から隣にいたバニー・トーピンだったこと。
そしてバニーはゲイではなく最後まで友であったこと。
「エルトン・ジョン」はバニーがいたからこそ
成り立っていたいう事実。
この映画が出るらしいという噂話の段階だった頃
俺のライブラリーに欠けていたアルバムを補充し
「エルトン・ジョン」の32枚のアルバム(@当社比)
(ライブ・ベスト・コンピ・サントラを除く)
を全部並べて聴き返す作業をしていました。
サントラだけでも数枚あります。
特に初期作品の「フレンズ」は
エルトンのアルバムとして広く認知されています。
合計するとほぼ1年1作のペースでここまできました。
現在はフェアウェル・ツアーとして世界中を回り
新作は途絶えています。
そんな中で前代未聞の本人監修による
他人に歌わせたカバー・アルバムと映像。
すべてにガテンがいって、ファンはやっと安心(笑)
いままで書かれてきたゴシップは嘘ばかりだった
ということがやっと判明しました(笑)
小中学校で同級生だった同じ団地に住む遠藤君。
筋金入りのエルトン・ジョンのファンで、
彼の自宅に招かれてコンコンと聴かせられました(笑)
まだ中学生だったので、初期4枚ぐらいでしょうか。
そんな俺に火がついたのが「Goodbye Yellow Brick Road」
「Bennie and the Jets」と同時にこの曲が書ける才能。
そして「Daniel」や「Your Song」に先祖返り(爆)
「なんていい曲を書く人なんだろう」
あの奇抜なメガネや衣装からは想像もできない素敵な曲。
以来ずっと単なる一ファンとして、聴くだけのファンとして
「エルトン・ジョン」は俺の中に存在していました。
その後は「Little Jeannie」や「Sad Song」
そういえばKiki Deeとの「Don't Go Breaking My Heart」は
笑っちゃうぐらい似てました(笑)
「Daniel」や「Sad Song」はふとした時に
鼻歌ででちゃうぐらい好きな曲。
「Goodbye Yellow Brick Road」「Bennie and the Jets」は
ピアノすらコピーしました。
「僕の瞳に小さな太陽」=「Don't Let the Sun Go Down on Me」は
永遠に俺の頭の中で鳴り続ける曲。
ファンにとってはたまらない映画でした。
余計なエピソードや登場人物は一切無し。
ただただ「エルトン・ジョン」のカミングアウト。
これから出るであろうフェアウェル・ツアーのライブ盤とセットで
「エルトン・ジョン」が完結することでしょう。
もしもあなたが「エルトン・ジョン」のファンであるなら・・・
超オススメです(^^)/
「Rocket Man」を観てきました。
う~~~~~ん
エルトン・ジョンのファン以外の人が観ても・・・(笑)
もう上映も終了なので、ハデにネタバレを。
この映画は壮大なエルトン・ジョンのカミング・アウトです。
家族・肉親との確執。
マネージャー・スタッフとの確執。
そしてバニー・トーピンの名誉回復。
エルトンがゲイであることは昔から有名で
いろいろな人との関係が噂されていました。
一時期、バニーと離れたのも事実。
でもそこにあった真実はうまく伝わらず
噂話が先行するという状態。
そのいろいろなことが一体どういう状態だったのか?
それをスッキリさせておきたかったのでしょう。
ゲイであることは大々的に描かれています。
でもけしてバニーとはそういう関係ではなかったこと。
レコード会社のエルトンにたいする仕打ち。
ゲイであることを決定づけたマネージャーの存在。
売れたことと引き換えに失ったモノ。
それを本人の口から聞くような映画です。
すごいのは主演のタロン・エジャトン。
全編吹き替え無し!!
全曲「エルトン・ジョン」として歌っています。
前回スター誕生でサントラを先に聴いて失敗したので
今回はサントラもトレーラーも封印(笑)
純粋に映画を先にしました。
サントラも全曲タロンの歌唱です。
エルトンの声は一切使用されていません。
それは映画本編でも同じ。
でもモノマネではなく、イヤミ無く似てます。
役としても歌唱も一級品。
子役のコが実はエルトンの幼少期そっくりで
歌唱力もスゴイです。
そしてデビューしてどんどん売れていくんですが
色々なトラブルが続出。
それはこの手の伝記にはよくあるロックスターの悲劇。
それを曲をまじえながら描くんですが・・・
まず衣装がスゴイ!!
衣装を見るだけで、いつの時代なのかが良くわかります。
トレードマークのハデなメガネと衣装。
それを見ると時代と曲がわかります。
ただ・・・それはファンにしか通用しませんが(笑)
もっとスゴイのは・・・
この映画はエルトンがプロデュースしてます。
当然あのハデなメガネや衣装はホンモノと思いきや・・・
実はイメージはそっくりだけど
タロンのために全部新品で作ってあります。
それは映画本編の最後にネタバレで出てきます。
本人の画像とタロンの画像を並べて。
同じに見えますが、ちゃんとアップデートされてます。
でも・・・ソックリ!!(爆)
笑っちゃうぐらい良くできています。
一切エルトンの声は使用されていません。
でもこの映画は・・・
間違いなくエルトン自身によるカバー。
タロンという類まれなる才能を使って
全曲アップデートされています。
よくヘタにヒット曲を持ってしまった人が
その曲以上に売れるモノを作ることができず
「新録」の名を借りて録り直したりします。
でもそれらはけっしてオリジナルを越えられません。
歌や演奏が稚拙だったとしても
オリジナルのインパクトがやはり最強。
それを踏まえて曲をアップデートするのに
今回の映画はとても良い機会だったんですね。
今のエルトンならばきっと・・・という
ライブとはまた違う作品になっています。
そして場面場面に合わせて曲が使用されます。
そのシチュエーション毎に曲が流れ
あの抽象的で難解だった詩に、ひとつひとつガテンがいく。
「そういう意味だったんだぁ~」という
エルトン自身による解説付き(笑)
実は抽象的でも難解でもなく
その時のエルトンの気持ちそのままだったという事実。
エルトン自身がインタビューで語っていましたが
バニーの詞は必ずしも詞のみではなく
そのシチュエーションも含めて記されているモノ。
映画でも紙一杯に書かれた詞が映し出されます。
それを見ると自然にイメージがあふれ出し
言葉を組み立ててメロディが自然に沸き上がってくる・・・
結局「エルトン・ジョン」の最大の理解者は
最初から隣にいたバニー・トーピンだったこと。
そしてバニーはゲイではなく最後まで友であったこと。
「エルトン・ジョン」はバニーがいたからこそ
成り立っていたいう事実。
この映画が出るらしいという噂話の段階だった頃
俺のライブラリーに欠けていたアルバムを補充し
「エルトン・ジョン」の32枚のアルバム(@当社比)
(ライブ・ベスト・コンピ・サントラを除く)
を全部並べて聴き返す作業をしていました。
サントラだけでも数枚あります。
特に初期作品の「フレンズ」は
エルトンのアルバムとして広く認知されています。
合計するとほぼ1年1作のペースでここまできました。
現在はフェアウェル・ツアーとして世界中を回り
新作は途絶えています。
そんな中で前代未聞の本人監修による
他人に歌わせたカバー・アルバムと映像。
すべてにガテンがいって、ファンはやっと安心(笑)
いままで書かれてきたゴシップは嘘ばかりだった
ということがやっと判明しました(笑)
小中学校で同級生だった同じ団地に住む遠藤君。
筋金入りのエルトン・ジョンのファンで、
彼の自宅に招かれてコンコンと聴かせられました(笑)
まだ中学生だったので、初期4枚ぐらいでしょうか。
そんな俺に火がついたのが「Goodbye Yellow Brick Road」
「Bennie and the Jets」と同時にこの曲が書ける才能。
そして「Daniel」や「Your Song」に先祖返り(爆)
「なんていい曲を書く人なんだろう」
あの奇抜なメガネや衣装からは想像もできない素敵な曲。
以来ずっと単なる一ファンとして、聴くだけのファンとして
「エルトン・ジョン」は俺の中に存在していました。
その後は「Little Jeannie」や「Sad Song」
そういえばKiki Deeとの「Don't Go Breaking My Heart」は
笑っちゃうぐらい似てました(笑)
「Daniel」や「Sad Song」はふとした時に
鼻歌ででちゃうぐらい好きな曲。
「Goodbye Yellow Brick Road」「Bennie and the Jets」は
ピアノすらコピーしました。
「僕の瞳に小さな太陽」=「Don't Let the Sun Go Down on Me」は
永遠に俺の頭の中で鳴り続ける曲。
ファンにとってはたまらない映画でした。
余計なエピソードや登場人物は一切無し。
ただただ「エルトン・ジョン」のカミングアウト。
これから出るであろうフェアウェル・ツアーのライブ盤とセットで
「エルトン・ジョン」が完結することでしょう。
もしもあなたが「エルトン・ジョン」のファンであるなら・・・
超オススメです(^^)/
約束
7月22日 仙台での音楽の相棒であった
長登隆宗君が天に召されました。
ショックが大きすぎて・・・
前日21日に2人でスタジオで打ち合わせをしていました。
長登君の秘蔵っ子であった夢乃ちゃんの七夕のステージと
9月15日の利府のステージ。
高校を卒業して気兼ねなく動けるようになった夢乃ちゃん。
それを支えるための「チーム夢乃」のこれから。
曲をどうしようかとかステージをどうしようかとか
夢乃ちゃんにどんな曲を歌わせようかとか・・・
あれこれ2人で何時間も楽しく話したよね。
翌日には弦楽器チームとの打ち合わせがあり、
俺のリクエストで「チーム夢乃」への参加の打診などを含め
その様子をツイッターにあげた夜。
なんの前触れもなく、長登君は神のもとに召されていきました。
翌23日に受けた訃報を信じられず・・・
でも棺に眠るいつものままの顔を見て
涙が止まりませんでした。
「チーム夢乃でステージに本格的に参戦するため
歯並びを直すんです!」って言ってたあの笑顔。
あの曲のアレンジをあーしてこうーして。
そこにギターを入れてあーしてこーして。
ステージもやりたい。レコーディングもしたい。
2人で何時間も何時間も楽しく楽しく話をして。
長「今週中に音源を送りますから。」
と「よろしく。じゃあね。」
それが最後の会話になりました。
今週9月15日 利府でのステージ。
「チーム夢乃」としてあそこに3人で立ちたかったよね。
俺だけになっちゃったけど・・・約束は守ったよ。
来年の七夕には正式に「チーム夢乃」のステージ。
やりたかったよね。
夢乃ちゃんはがんばってるよ。
どこまで頑張れるかはわからないけれども
俺とひろみちゃんは「チーム夢乃」として
彼女の背中を押すつもり。
それが君との約束だから。
モノが無くなってしまった長登君ご自慢のあのスタジオで
非公式だったけどお別れ会に十数人の仲間があつまって。
みんな君の事は忘れないから。
きっと七夕が来るたびに君を思い出すから。
最後の約束だけは・・・守ったからね。
君といた時間が楽しかった。
みんな君のことが大好きだった。
さよなら。
そしてありがとう。
やすらかに眠って下さい。
ときた
長登隆宗君が天に召されました。
ショックが大きすぎて・・・
前日21日に2人でスタジオで打ち合わせをしていました。
長登君の秘蔵っ子であった夢乃ちゃんの七夕のステージと
9月15日の利府のステージ。
高校を卒業して気兼ねなく動けるようになった夢乃ちゃん。
それを支えるための「チーム夢乃」のこれから。
曲をどうしようかとかステージをどうしようかとか
夢乃ちゃんにどんな曲を歌わせようかとか・・・
あれこれ2人で何時間も楽しく話したよね。
翌日には弦楽器チームとの打ち合わせがあり、
俺のリクエストで「チーム夢乃」への参加の打診などを含め
その様子をツイッターにあげた夜。
なんの前触れもなく、長登君は神のもとに召されていきました。
翌23日に受けた訃報を信じられず・・・
でも棺に眠るいつものままの顔を見て
涙が止まりませんでした。
「チーム夢乃でステージに本格的に参戦するため
歯並びを直すんです!」って言ってたあの笑顔。
あの曲のアレンジをあーしてこうーして。
そこにギターを入れてあーしてこーして。
ステージもやりたい。レコーディングもしたい。
2人で何時間も何時間も楽しく楽しく話をして。
長「今週中に音源を送りますから。」
と「よろしく。じゃあね。」
それが最後の会話になりました。
今週9月15日 利府でのステージ。
「チーム夢乃」としてあそこに3人で立ちたかったよね。
俺だけになっちゃったけど・・・約束は守ったよ。
来年の七夕には正式に「チーム夢乃」のステージ。
やりたかったよね。
夢乃ちゃんはがんばってるよ。
どこまで頑張れるかはわからないけれども
俺とひろみちゃんは「チーム夢乃」として
彼女の背中を押すつもり。
それが君との約束だから。
モノが無くなってしまった長登君ご自慢のあのスタジオで
非公式だったけどお別れ会に十数人の仲間があつまって。
みんな君の事は忘れないから。
きっと七夕が来るたびに君を思い出すから。
最後の約束だけは・・・守ったからね。
君といた時間が楽しかった。
みんな君のことが大好きだった。
さよなら。
そしてありがとう。
やすらかに眠って下さい。
ときた
City Pop III
シティ・ポップをリスペクトし、新しい音楽として蘇らせたNight Tempo
By TAP the Pop
これが又聞きの又聞きの又聞き(笑)
なんで書く前に調べないんでしょうか?(爆)
ミポリンのデビューって何年だか知ってます?(@_@)
『毎度おさわがせします』が85年。
デビュー・シングルの『C』が86年です。
初期シングルのほとんどは松本隆さんらのニューミュージック組。
それが角松さんの曲に変わったのが・・・
87年「CATCH ME」
88年「You're My Only Shinin' Star」
1980年前後の日本のポップス???(笑)
Winkは88年「Sugar Baby Love」デビュー。
「淋しい熱帯魚」は89年ですよ???
又聞きの又聞きの又聞きはやめましょう!(爆)
75年以降AORに火が付きはじめます。
それが爆発するのが80年。
日本ではフュージョン=クロスオーバーの真っ盛り。
70年代の日本の音楽は「ニューミュージック」です。
外国人の皆さんは、ここの音楽は求めてません(笑)
80年あたりでで「City Popっぽい」のは・・・
寺尾聡さんや南佳孝さんや濱田金吾さんあたり。
「ニューミュージックの最終形」っていうとこですね。
このタイプが85年にむかってどんどん増えてきます。
歌謡曲とニューミュージックが融合して「City Pop」へ。
河合奈保子ちゃんがLA録音に行ったのは84年。
杏里が88年なので、それより早いです(笑)
ただし杏里は元々が角松さんですケド(爆)
------------------------------------------------------
ちょっとびっくりなアルバムが1枚!!
Waddy Wachtel
2019 Unfinished Business

俺のチョー大好きなワディ・ワクテルの突然のリリース。
しかも「Unfinished Business」
「やりかけの仕事」「未完の仕事」でしょうか。
完璧なモノではないケド、たまってきたので・・・
(笑)
自分自身のプロジェクトとすれば
1980年の「Ronin」以来の39年ぶり。
よほど好きな人以外、買わなくていいケド・・・(>_<)
オフィシャルHP
By TAP the Pop
これが又聞きの又聞きの又聞き(笑)
なんで書く前に調べないんでしょうか?(爆)
ミポリンのデビューって何年だか知ってます?(@_@)
『毎度おさわがせします』が85年。
デビュー・シングルの『C』が86年です。
初期シングルのほとんどは松本隆さんらのニューミュージック組。
それが角松さんの曲に変わったのが・・・
87年「CATCH ME」
88年「You're My Only Shinin' Star」
1980年前後の日本のポップス???(笑)
Winkは88年「Sugar Baby Love」デビュー。
「淋しい熱帯魚」は89年ですよ???
又聞きの又聞きの又聞きはやめましょう!(爆)
75年以降AORに火が付きはじめます。
それが爆発するのが80年。
日本ではフュージョン=クロスオーバーの真っ盛り。
70年代の日本の音楽は「ニューミュージック」です。
外国人の皆さんは、ここの音楽は求めてません(笑)
80年あたりでで「City Popっぽい」のは・・・
寺尾聡さんや南佳孝さんや濱田金吾さんあたり。
「ニューミュージックの最終形」っていうとこですね。
このタイプが85年にむかってどんどん増えてきます。
歌謡曲とニューミュージックが融合して「City Pop」へ。
河合奈保子ちゃんがLA録音に行ったのは84年。
杏里が88年なので、それより早いです(笑)
ただし杏里は元々が角松さんですケド(爆)
------------------------------------------------------
ちょっとびっくりなアルバムが1枚!!
Waddy Wachtel
2019 Unfinished Business

俺のチョー大好きなワディ・ワクテルの突然のリリース。
しかも「Unfinished Business」
「やりかけの仕事」「未完の仕事」でしょうか。
完璧なモノではないケド、たまってきたので・・・
(笑)
自分自身のプロジェクトとすれば
1980年の「Ronin」以来の39年ぶり。
よほど好きな人以外、買わなくていいケド・・・(>_<)
オフィシャルHP